病院のメリークリスマス

12月に入るとこれまで度々記事にしていた、父の容態が悪くなった。


肺炎を起こし危篤状態におちいったのだ。

相部屋から個室に移され、点滴を受けて酸素吸入の量は最大まで引き上げられた。

栄養は胃袋まで鼻からチューブで栄養を送っている。


医師から面談を求められて夜の病院に入った。病院の玄関ではクリスマツリーが飾られている。


IMG_20151210_184800.jpg



その面談でいつ逝ってもおかしくない状態だと告げられた。


数日後、滅多に会うことのなかった親戚の人と孫に知らせたら、二人とも面会に来てくれてとても嬉しかったことを覚えている。


あれからは少し病状は回復し相部屋に戻ったのだが、いまでもいつ逝ってしまうかもしれないという、危ない状態はあまり変わらない。


今日病室に見舞ったときは、声が出ないので筆談で会話した。

その字を書くのもやっと描けた程度で、書いたもののほとんどはヨレヨレで判別不可能な状態。


今、親がゆっくりと逝こうとしている。

少しでも長く生きてほしい。


父は今も頑張って生きてくれている。



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No title

わたしの姉は、大腸がんの手術をした時は、すでに肝臓に転移していた。それから僅か1年で亡くなった。
最後の入院の時、声がかすれ筆談の字も揺れていた。亡くなる一週間前、念願の実家であるわたしの家に一時帰宅が許されたが、それが最後の姉妹の思い出となった。亡くなる寸前、左目から一筋の涙を流し逝った。
姉の遺品にすでに亡くなっていた父親の遺髪と写真があったので、姉の骨壷にそっといれ実家の墓に埋葬した。

Re: No title

> わたしの姉は、大腸がんの手術をした時は、すでに肝臓に転移していた。それから僅か1年で亡くなった。
> 最後の入院の時、声がかすれ筆談の字も揺れていた。亡くなる一週間前、念願の実家であるわたしの家に一時帰宅が許されたが、それが最後の姉妹の思い出となった。亡くなる寸前、左目から一筋の涙を流し逝った。
> 姉の遺品にすでに亡くなっていた父親の遺髪と写真があったので、姉の骨壷にそっといれ実家の墓に埋葬した。

家族が逝っていくって本当に辛いよね。
お姉さんは最後にあきなさんらに感謝一杯のお気持ちだったのではないでしょうか?
一筋の涙の意味はそのように受け取りました。
合掌

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Author:シュン
バツイチ・シングルライフを気ままに綴ります。
出身地:新潟県
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